資格がきっかけ、願わくばニッチに!

大場 幸子(40代)

 学校を卒業後四半世紀以上が過ぎ、節目の都度新たな気持ちを持って人生を歩んできたように思う。結婚、出産、子育ての時期を通して家族に翻弄されつつも、喜怒哀楽を共有できる家族というチームの一員であることによって、学生時代の性急で一本気な自分から、多くのことを「受け入れる」自分へと少しは成長できたようだ。
 子育て中に一念発起して取得した資格がきっかけで現在は多少の収入と社会貢献の実感を得ることができるようになった。「受け入れる」自分あってこそ舞い降りてくれた小さなチャンスを大切に育てている話に耳を傾けていただければ幸いである。

1 名刺が欲しくて資格をとる
 1981年に大学卒業後、銀行で輸出信用状取扱いの仕事を3年余続ける間に結婚、男女雇用機会均等法制定前とはいえ深く悩むことなく当然のように退職し出産、4歳違いの2人の息子の子育てに専念する生活が10年続いた。
 子育て後何をするか、組織の中で指示されたことを忠実にこなす以上の経験をしたことがないまま組織を離れて10年、OA機器操作もままならない30歳過ぎの女性に残された道は少ない。まず資格を取ろう、組織に属さなくても仕事ができる資格を取って自分の名刺を持ってみたいという単純な理由で、「中型資格」といわれる社会保険労務士(社労士)の勉強を始めた。資格学校へ通う費用と時間の節約を考えて、通信添削のアルバイトで得た収入をあて、自分も通信教育の社労士講座で勉強、3度目の試験でようやく合格したのが1996年のことだった。

2 「著者への手紙」の以外な展開
 程無くして、資格を持っているだけでは何もならないということがわかってくる。開業するにはそれなりの資金が必要であるし、労働基準監督署、社会保険事務所などへ提出する書類の書き方もマニュアル頼みで心もとなく実務に自信がもてない。話術が巧みであるわけでなし、皆を惹きつける素敵な個性の持ち主でなし、専業主婦の10余年間に人脈作りに励んだわけでなし、社労士の仕事を必要としている企業―お客様―との出会いのないまま3年が経過していった。
 2000年2月、社会保険労務士会連合会が発行する全国の社労士向けの月刊誌に一人の男性社労士の論文が掲載されていた。2000年度から施行される介護保険制度は社労士が業務の対象にできる既存の4つの社会保険制度(雇用保険、労災保険、厚生年金保険、健康保険)に加わる新たな5番目の制度であるから、この制度が適切に運用されるよう利用者を援助し、この制度のもとで働く労働者(介護労働者)の働きやすい労働環境を整備することも社労士の仕事となるという内容であった。新たな制度にビジネスチャンスを感じた単純な私は、論文の著者に、ご意見に賛同する旨、以後ご指導を賜りたい旨の手紙を送った。
 この、あつかましい即断に基づく行動が今考えればチャンスをもたらしてくれた。著者である社労士(現在は大学准教授)から、ケアマネジャーに対して介護保険制度をわかりやすく解説するセミナー講師、制度の解説書、用語集の共著を依頼されることになった。もちろん一度に押し寄せたチャンスではない。一つ一つの仕事の巧拙、原稿の締め切り日前提出などの対応を判断された上で継続的な依頼をいただけるようになったと考えている。

3 同業者の輪のありがたさ
 介護保険の解説書を共著で出版した経験がもとで、同業社労士の紹介により生命保険会社営業社員研修向けの社会保障制度テキスト執筆を依頼され、制度改正時の改訂も継続的に依頼を受けている。受けた仕事に対して顧客(出版社)の意向に沿うアイディアを提案し期日までに仕上げ、紹介者への感謝を忘れないという繰り返しが次の仕事に結び付いていくことを実感する。
 社労士には真面目に自己研鑽に励む人が多い。さらなる資格取得に励む人、有志が集う勉強会に出席する人など周囲の学習熱は励みにもなる。
 社労士業界内でメンタルヘルスの重要性が話題になりつつあった2004年、産業カウンセラーの資格を取得したことにより東京都社労士会の総合労働相談所相談員を委嘱され、微力ながら事業主および働く人双方の労働相談に対応している。

4 再びの学生生活
 2005年秋、突然大学院にいくことを思い立った。進学の理由の一つは、これからの労働、社会保障政策、少子高齢社会の辿る道筋を知りたいということ。二つ目は、自分が果たせなかった「企業組織に属して長期間働く」職業人生を歩んでこられた女性の話を院生という立場で伺い、女性と企業組織の関係を探りたいと思ったからである。ボランティアでの開発途上国援助関係の英文翻訳経験が入試英語にも役立ち、ほとんど論文試験対策のみで独立行政法人に変わった母校の大学院に入学を許された。
 大学院では様々な人との新たな出会いがあった。院生でありIT企業取締役を務める先輩の会社の就業規則その他の社内文書を整備し従業員の相談に対応する仕事の依頼も受けるようになった。また、前項のテキスト執筆、改訂に際して大学院のゼミでの議論から得た知見に基づく提案をし相手から評価されたこともある。

 振り返ってみると資格取得というオーソドックスな方法をきっかけとして、様々な依頼を受け入れてきたことで今後も細く長く社労士の仕事を続けていく基礎を作ることができたのではないかと思う。通常社労士が仕事の対象としない介護保険制度、社会保障制度の解説という分野を自分のニッチ―適所―と考え、これからは解説のみならず地域で年齢を重ねつつ暮らす生活者の視点で自治体の施策にも提言していきたいと考える。