私のセカンド・チャンス
Mさん(40代)
私は、今、特別養護老人ホームで施設の管理職として勤務している。これまで、結婚した時、親の介護と子供の病気が重なった時の2回仕事をあきらめ、今の勤務先は、40歳になってからの再就職先である。
25年前、私はどちらかというと志の低いナースとして社会人なった。適当に働いて適当に遊んで適当に結婚するのもよいかと思っていた。大学受験に失敗し看護師になったので、大学に対する憧れがあり、軽い気持ちで日本女子大通信教育部に入学したのは1985年のことだった。入学してから、働きながら大学で学ぶということの厳しさを知りあわてた。だが、厳しい学習は大変な反面、自分自身に大きな変化をもたらした。一生懸命やれば、自分の中で何かが変わった。志の低かった私に学習に対する意欲が芽生え、徐々に仕事においても何かを求めるようになっていったように思う。そして結婚後に再就職した総合病院で主任となり婦長になった。バリバリと自由に働ける独身者ばかりの中で、大変な思いをして二人の子供を育てながら仕事をする中、上司に『家庭を持っているあなたの常識力が必要』と言われた言葉をうれしく感じながら、やりがいを持って働いていた。しかし、母の介護が必要になったとき、家族の大切さを考え、仕事をやめた。母は、退院直後は、私が家にいなければ生活できなかったが、数ヶ月もするとゆっくりなら、自分でいろいろなことができるようになった。しかし、私が同居していることに甘え、自分でできることもやらず、依存的になっていた。私は、常に一緒にいる母との生活にかなりのストレスを感じ、ある時宣言した。『私、働くから、お母ちゃんも自分のことは、自分でして!』と。母は、特に何もいわなかったが、次の日から、自分で自分のことをするようになり、私は再就職した。家庭は大切にしたいと考えていたが、責任のない仕事をするのは好まなかったので常勤として働きたかった。無理のない勤務時間帯を選び、たまたま資格を持っていた介護支援専門員として近くの特別養護老人ホームで働き始めた。その後主任介護支援専門員の資格をとり、地域包括支援センターへの移動を経て、現在の仕事についている。今は、福祉の仕事にやりがいを感じながら働いている。対人関係の仕事は、必ず一方通行ではなく相手から何かをもらっていることを感じる。眼も耳もほとんど聞こえない寝たきりの高齢者の反応に一喜一憂し、ほとんど言葉を発することもない末期の方のほんのわずかな言葉に感動する。今年のお正月も、あるお年寄りに何気なく『あけましておめでとうございます。』と話しかけたところ、もう何ケ月もしゃべっていないその口が動き、かすかな声で『おめでとう』と返してくれた。そのたったの5文字で私の今年の幕開けは素敵なものとなった。
2年前、母を看取り、ぽっかりとあいてしまった時間にとまどい、もっと世の中の社会制度について勉強したいと考え、社会福祉士の通信教育課程に入学した。1年と7ヶ月間、へとへとになりながらも2回の夏のスクーリングに参加し、レポート提出はいつもぎりぎりながら、何とか間に合わせることができた。そして昨年秋卒業し、今年1月の国家試験に挑戦した。翌日、受かったかどうか自信のないままではあったが、ふと、落ちたらもっと勉強しなさいってことよね!通ってたら、まあ何とか合格させてあげたからこれからもちゃんと勉強してね!ってことよね。と開きなおっている自分があった。
この間、長女の高校受験や義理の父母のことなど普通の家庭に起こる問題はあったが、家族はよく協力してくれ、私を助けることで夫も子供たちも成長してくれたように感じている。特に夫は、結婚当初、何もできない不器用な人で、子供のおむつを替えている私に向かって『この紅茶、砂糖が入ってない。入れて。』というような人であった。それが、今回、国家試験の勉強の時間がとれないでいた私に『お母さんに勉強させてあげるためにもっと僕にできることはないかな?』と聞いてきた。少し鈍い私は、びっくりし、後でその言葉を思い出して目頭が熱くなった。
私の今は、日本女子大での通信教育で勉強したことから始まったといってもおかしくないと感じている。残念ながら、私は日本女子大を卒業できなかったのだが、あの時、苦労して勉強すると何かしら必ず得るものがあることが身をもって理解できたと思う。レポートや試験の結果が返ってくるとわくわくどきどきした。AやA◎をもらうと、とても嬉しかった。勉強することの喜びを感じながら、それでも家庭と仕事と勉学の3つを成り立たせるのは厳しい時もしょっちゅうだった。現在も同じである。でも今もいつでも勉強していたいと思う。自分の成長が感じられるときは、あとどのくらいあるのだろう。仕事でも私生活でも日々悩むことは多いが、私は日々自分の成長を感じていたい。何かを学び続け何かに向かうことが私のセカンド、そしてその次のサードチヤンスを応援してくれると思う。