私のセカンドチャンス

K・R(50代)

 名刺やメールの最後にこの様に書ける様になったのは何時からだろうか?K.R『医学博士、押し花講師、宝石学有資格者FGA(英国宝石学協会),CGJ(全日本宝石学協会),SSEF(スイス宝石学協会)』と!昭和23年と言う団塊の世代に生まれ、中学校から大学まで神戸女学院の素晴らしい環境で育ち、何不自由の無い生活をさせて頂いていた。でも私の中では『女も精神的にまた経済的に自立して生きて行かねば』との思いがくすぶっていた。イプセンの『人形の家』等を読み女性の生き方を探し求めていた。社会学部でカウンセリングを学び、ソーシャルワーカーとなり働こうと考え、京都大学に一年間河合隼雄先生の授業を聴講生として受けたが、どうしてもしっくり来なかった。数学が好きだった事も有り何かもっと割り切れる学問がしたかった。そこで、父の薦めも有り宝石学の鑑別の資格を取る事にした。宝石商を営む父を手伝いながら、アメリカに仕入れに行く時に通訳で付いて行ったり、自宅でお客様と対応したりしながら。まず、FGAの通信教育を受け、それと平行しCGJ取得コースを受け、23歳で日本の資格を得た。その時田崎真珠から宝石鑑別室に勤めないかとの誘いが有り神戸の本社に勤める事にした。間もなくFGAの試験を筆記、実技と受け合格し英国の資格を得た。しかし、25歳末で結婚する事になり主人の勤める千葉県に移り住んだので、神戸での仕事は辞めざるを得なかった。仕事がしたかった!主人の友人の紹介で千葉の宝石店に週一回勤め、また田崎真珠の東京支店に宝石鑑別室を設立しパートタイムとして働ける様になった。
 だが!!しかし!!主人(脳神経外科医)がアメリカUCDavis大学に留学することになり、また仕事を諦めざるを得なかった。妊娠8ケ月で渡米し長女を出産、子育ては本当に楽しかった。沢山の友人ができ、互いにベビーシッターをし合う様にもなった。この時昔から疑問だった『感じる事、思う事、考える事、記憶する事』はどのように違うのかという疑問が沸々と沸いて来た。主人に相談すると主人の本を読んだり、Scienceのペーパーを取り寄せたりする事を薦められ読んでみた。本当に楽しかった!そこで子供を友人やNurseryに少し預けて大学の生理学の聴講生をさせて頂いた。アメリカから帰る直前に妊娠しまた腰痛になり、帰ってから浜松という見知らぬ土地で誰も話す友人も無く二人目の子供を産みほとんど寝たっきりの生活を余儀なくされた。『こんな状態で一体私はどうなるのだろうか?』と毎日泣きくれていた。二年間ほとんど寝たっきりの生活の中でやはり近くに在るのは浜松医大しかないのでそこで聴講生をしたいと思う様になった。家政婦さんに子供を預けて病院にリハビリに通いながら生理学の聴講生となり勉強を始め、次いで生化学、解剖学と聴講生をしている内に解剖学の研究生となり脳の研究を猫や犬で実験をして勉強し論文を書いた。腰痛は治らずずっとコルセットをギューギューと絞めながら。そのうち『一つの細胞は一体何をしているのだろうか?』と言う疑問が出て来た。そこで、では免疫学をすれば?と教授に薦められ浜松医大の微生物学の研究生となり、本当に全く解らない世界に入って勉強と実験を始めた。でも、本やペーパーを読み、大学の図書館に通い、どんどんと解って行くのがどんなに楽しかった事だろう!!週二回ある持ち回りの発表会など、他の先生方の報告される研究内容も興味がつきず、自分の発表の時等は図書館で沢山論文を読んで用意した。研究生活は朝早くから時によっては夕方一度自宅に帰り食事の用意をし片付けてからまた大学の研究室に戻り実験をしていた。研究生活も通算して11年目『細胞内情報伝達機構』について実験して論文をいくつか書いている内に教授から医学博士号を取る事を薦められ、平成四年に試験を受け審査に合格して平成五年に学位を得た。丁度その時当時の教授が退官されたり、留学されたりする先生方の後を継いで五つの看護専門学校、医療技術専門学校、歯科衛生士専門学校の非常勤講師として『微生物学、感染と免疫』を教える事となった。趣味の押し花も講師の資格を取りカルチャーで教え一週間休む事無く働いた。今は私の教えた方々が先生として頑張って下さっている。今まで普通の主婦だった方々が押し花講師として頑張っておられるのを見て大変嬉しく思っている。子育てと家事と勉強と仕事と休む事無く働いた。全て主人の協力と理解のお陰といつもいつも感謝しながら。今までに虫垂炎、顎下腺唾石症、子宮ガン、腰を二回と手術を五回した。私にとってのセカンドチャンスは医学博士を取り講師という仕事に就き収入を得られる様になった事である。結婚、転勤、病気などで諦めざるを得なくなっても、その時その時に自分の置かれた状況を前向きに把握し又利用しその時の生活の優先順位に配慮し『今の自分には何が出来るのか』を考え、とにかくやりたい事、好きな事に対して興味と楽しみを絶やさずに継続する事。胸つき八丁の時に諦めない事。意識して努力しなくても、好きな事を追求する事で必ず結果は付いて来ると信じて!!家族の理解は一番大切、真剣に頑張っていれば必ず主人は理解してくれると信じ、子供達も今では『ママは凄い』と言ってくれるのが嬉しい。自分に収入が有ればそのお金で海外にオペラを観に行ったりダイビングにいったりも出来る。常に若い学生さん達と接して若いエネルギーを頂いている。今までの人生に悔いは無い。