女性の再挑戦
匿名(50代)
まさか!自分が50歳を過ぎて新しい道に挑戦しようとは!当の本人も考えていなかった。本来、変化を嫌う性格である。新しい世界に挑戦するのが臆病なのかも知れない。しかし、運命とは、こんなものだろうか。管理栄養士の資格を持ちながら、それを本格的に活かす事もなく、結婚し、2児を授かり、それまでしていた事務職をやめ、その後、夫婦間が気まずくなって、別居。親の脛を再びかじりながら元いた職場で、今度は正規の職員からアルバイトの事務として15年余り勤めた。内容は正規の職員と同じである。普通の人は、その時点で、あるいは、別居した時点で正規の職員の道を探していただろう。なにしろ二人の娘は当時1歳と3歳だった。下の娘は、まだ、おしめも取れていなかった。その後の教育費も計り知れない。それより、なにより食べていくすべもない。しかし、私はそれをしなかった。夫との別居でのショックは大きく、なかなか立ち直れなかった。しかも田舎の周辺の噂話は心無い。その上、いつ夫の両親に娘達をとられるのではないかと不安でしかたがなかった。そんな精神状態で、仕事を探す余裕はなかった。それに、もう30歳も半ば。当時バブルもはじけ、世間も私の置かれている状況では正規の職員の仕事を見つけるのは難しかった。いや、これは口実である。要するに、私は弱かったのである。本気で探そうと思えば仕事はあったかもしれない。でも、私はそれをしなかった。たまたま、声をかけてくれた方の所でのアルバイトに、運命の流れるまま就いたのである。そして、仕事場以外の人とは顔を合わせたくなく、仕事場では何年も引きこもって仕事をしていた。
しかし、その状態が転機を迎えたのは、5年ほど前の従姉からの、心のこもった、きつい一言だった。「貴方は、なにもスキルアップしようとしていないじゃない。それじゃ、老後はどうするつもり?」これは、堪えた。それ以来、常にこの言葉が私の心の隅に引っかかっていた。
そんな事もあり栄養士学会の勉強会には顔を出すようになった。そんな折、病院勤務の管理栄養士である友達から嚥下の資格を取ってみないかとの誘いを受けた。そろそろ、老後の事も考える時期に入っていた私は、思い切って管理栄養士の資格を活かして仕事を探そうと考え始めた。ところが、嚥下の資格取得には管理栄養士としての実務経験が必要であることがわかったのである。“のほほん”と過ごしてきた臆病者の“つけ”が回ってきたのである。しかし、この“つけ”で、私の心にスイッチが入った。ならば、管理栄養士の資格だけで、とれるスキルアップの資格をとろうと、ホームページを探しまくった。
折も折、平成20年4月からは新しい保健指導制度が実施される。健康運動指導士の資格をとれば、管理栄養士の資格と合わせれば、年齢をカバーできるかもしれない、と考え、スポーツ関係者の若者と一緒に3ヶ月間、体力と脳の衰えと戦いながら、なんとか資格を取った。そこから道が開けた。
保健指導には行動変容が必要だと、健康運動指導士の講習を受けた時直感的に実感し、知りたいと心の底から思った。気がつけば、行動変容の講義の終了直後、講師の先生に「もっと行動変容が知りたい。どこか紹介してください。」と走って頼み込んでいた。
今は、事務職を辞め、行動変容の勉強をしながら、生活のために、専門学校で栄養学と公衆衛生学を教えている。毎日が勉強である。学生に間違った事を教える訳にはいかない。大学受験でも、あまり勉強した記憶がない私に、母は「貴方、勉強するようになったわね。」と、びっくりして言った。50歳を過ぎた娘に!である。
だれでも、いきなり河になげだされるような環境になったり、分かれ道に立たされたりする時期がある。それが、私には50歳を過ぎてからやって来た。この道が本来の私の道だと、今は思える。自分の娘と同じ位の年齢の生徒に講義をするのは楽しいし、行動変容の仕方を勉強しに毎月大阪まで通うのも、楽しい。新しい世界が広がった。まだ、まだ、働いたお金は勉強に消えて、赤字である。でも事務をしていた頃の私とは明らかに違う。いくつになっても、やろうと思った時が“その時”である。保健指導をするのに、自分が肥っていたのでは、話にならない。少々太めだった私はメタボリックとの対決もはじめた。今は随分見やすくなったと母はいう。その母も、もう77歳。人生の最後ぐらい楽しい人生をおくらせてあげたい。母は、せっかくの年金を20年近く私と娘2人の為に費やした。母の外国旅行をしたいという夢も、もう何年かすると体力的にできなくなるかもしれない。早く、母が外国旅行できる状態のうちに自立しないと私は一生後悔する。その事も、この道を選んだ一因である。なぜか今、事務をしていた時より、ずっと行動範囲がひろがった。そして、やたらと忙しい。やっと親離れできてきたのかもしれない。随分遅い親離れである。そして私は今、少しプロ意識が芽生えたような気がする。