チャンスは一度にやってきた

T・O(40代)

 2007年6月2日、「ROAD TO NYCの5期生に決定しました。これから5カ月間、がんばってくださいね。」との電話。
 その数日後の6月8日、
 「面接の結果、採用が決まりました。これからよろしくお願いします。」との電話。
 この2本の電話が44歳2カ月の私のターニングポイントともいうべき、生活を一転させた。
 最初の電話は、スポーツメーカーアシックスの企画で市民ランナーを小出義雄監督の指導により、NYCマラソンへ参加させるというオーディションの合格通知の電話。ランナーの聖地、アメリカ・コロラド州ボウルダーでの高地合宿もあるという。
 1年半前から朝、ジョギングをしていた私は、ランニング雑誌でこの募集を知り、「ボウルダーの高地で走ると自分の身体はどうなるんだろう」という興味と、二次選考会で小出監督にお会いできるという理由で応募。書類での一次選考に通過、面接とランニングホームチェックの二次選考もクリアし、みごとこのオーディションに合格、11月のNYCマラソンを目指すことになった。
 次の電話はパート採用の電話。専業主婦歴16年。求人広告をみて何社かには電話をしたが、年齢制限や勤務時間の関係などでなかなか思うように仕事がみつからなかった。できれば、パソコンの入力で、週3回程度、9時~14時くらいの勤務。そして通勤時間は30分以内…そんな自分勝手な条件に合う仕事なんてあるわけがない、はずだったのだが…その条件に合致する会社に採用が決まった。
 この会社の求人をみつけた時、「私のための会社だ!」と思ったほどだった。
 普段から新聞、フリーペーパーなどに目を通し、興味のあることがらに関して情報収集をしていた。可能性がどうであれ、楽しそうなことにはどんどんチャレンジしていった。そう、合格しなくても採用されなくても生活が変わることはないのだ。
 また、それが与えられた仕事(学校や子ども会・町内などの役員)だとしても、自分のためになると思い、楽しむことを心がけていた。
 以前からの夢であったフルマラソン挑戦と希望の職種のパートとなり、私の生活は三食昼寝つきの生活から忙しい生活へと変貌を遂げる。しかし、マラソントレーニング&パートどうやっていこうかと深く考えるより、段取りだけを考え、あとは日々トレーニングメニューと仕事をこなす。トレーニング中はトレーニングのこと、仕事中は仕事のことだけを考えていた。家事も今まで以上に効率よく動けるようになったと感じる(家族の評価はどうかわからないが…)。
 マラソンでは多くのスタッフが私を支えてくれた。パートでは会社に貢献することにより社会との結びつきを感じるようになった。主婦だけでは感じられなかったことである。また、家族の温かい応援にも感謝の気持ちをもつようになり、自分が相手を気遣うことに欠けていたことを認識した。
 マラソンもパートもすごく楽しい。両方とも好きなことだけにあまり苦に感じることがない。好きなことを生きがいにできて幸せだとおもう。また、この生きがいを通して私は気持ちがしっかり持てるようになったと思う。そして少し冷静に物事を考えられるようになったような気がする。
 家族や周囲の応援を受けていることに感謝し、今日も笑顔で走ることや仕事に励みたいと思っている。